大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1803号 判決

控訴人 奥田泰一

被控訴人 株式会社平和相互銀行

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張および証拠関係は、次のとおり付加する外は原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴人は、「かりに控訴人に損害賠償の義務があるとしても、被控訴人には、その主張の預金払戻をするにつき次のような過失があるから、損害額の算定に斟酌し、被控訴人の請求額は二分の一に減額さるべきである。すなわち、銀行業務に従事する者は顧客の資産状態、経営状態等については高度の注意義務が課せられているものというべきところ、被控訴人の従業員は別段預金の払戻について注意力を集中することなく、漫然と控訴人に対して印鑑紛失の場合の必要手続を教えてやる等銀行従業員として当然尽すべき注意義務を怠り、よつて被控訴人は損害を蒙つたものである。」と述べた。〈立証省略〉

被控訴人は「控訴人の過失相殺の主張を争う。被控訴人は慎重に調査の上控訴人に対する預金払戻しに応じたものであつて、被控訴人には過失がない。控訴人は、株式会社丸太奥田商店が破産宣告をうけたことを秘し、自ら詐欺的術策を弄して預金の払戻をうけながら、控訴人の言を信じてその支払いに応じた被控訴人の所為を目して過失があると主張するのは、禁反言の原則に反し許されないところというべきである。」と述べた。〈立証省略〉

理由

一、株式会社丸太奥田商店(以下奥田商店という)は昭和三七年七月頃以降被控訴人と手形取引・手形貸付等の融資に基く取引関係にあつたところ、同年一一月一二日不渡手形を出し銀行取引停止処分をうけて倒産し、同月二〇日株式会社大山機業場から東京地方裁判所に破産の申立がなされ、同三八年三月一五日破産宣告をうけたこと(東京地方裁判所昭和三七年(フ)第二五五号事件)、奥田商店は昭和三八年四月二日現在被控訴人に対し別段預金として金一六六万三二四九円の債権を有していたところ、同商店代表取締役たる控訴人は右同日被控訴銀行馬喰町支店において右金員の払戻しをうけたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、ところが被控訴人が右預金の払戻しをうけた行為に関し、奥田商店の代表者としてその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があつたから、控訴人は商法第二六六条の三第一項、民法第七〇九条により損害賠償の義務を負うべき旨主張する。

先ず成立に争いのない甲第三ないし五号証、甲第一〇号証によれば、控訴人は前記破産の申立に基き昭和三八年二月一九日東京地方裁判所裁判官によつて審問をうけたこと、前記破産宣告決定正本は同年三月二三日奥田商店代表者である控訴人に送達されたことが窺われ、これらの事実からすると控訴人はおそくとも同日頃には奥田商店に破産宣告がなされたことを了知したものと推認するのが相当であり、原審証人奥田登喜子の証言、原審および当審における控訴本人尋問の結果のうち、控訴人が同年四月一〇日頃になつて初めて右破産宣告の件を知つた旨の供述部分はいずれも措信し難く、他に右推認を覆すに足りる資料はない。

ところで成立に争いのない甲第七、八号証および同第一〇号証、原審証人井上忠吾、原審および当審における証人渡辺正視の各証言によれば、控訴人は昭和三八年三月一〇日頃から再三被控訴銀行馬喰町支店に来り担当係員に対して前記預金の払戻しを請求し、従来被控訴人との取引のために届け出て用いていた印鑑は前年一一月倒産と同時に債権者代表によつて帳簿等と共に持ち去られたものであるにも拘らず、敢てそのことを秘し、紛失したと称して改印届を提出し、なお奥田商店の前途については得意先の援助により再建が可能であるとして、前記破産の申立がなされ、控訴本人が裁判所の審問をうけたこと等に関しては何等触れるところがなかつたため、被控訴銀行の担当係員は控訴人の言動を信頼し、奥田商店に対する破産宣告のことなどは知らないで同人が奥田商店の代表者として正当に預金の払戻しをうける権限を有するものと誤信した結果、同年四月二日前記金員の払戻しに応じたことが認められる。原審および当審における控訴本人尋問の各結果のうち、右認定に反する部分は到底信用できず、他に右認定を左右するに足りる資料はない。

しかして一旦破産宣告がなされると、破産者の一切の財産は破産財団を構成し、これに関する管理処分の権能は破産管財人に専属すべきものであり、従つて本件にあつても、破産管財人でなければ前記預金の払戻をうけられないものであるところ、右認定の事実関係からすれば、控訴人はそのことを了知しながら、奥田商店に対して前記破産宣告がなされたことを被控訴人が知らないことを奇貨とし、控訴人において殊更に右破産宣告の事実を秘し、印鑑を紛失したと詐称して改印届を提出した上、被控訴人から前記預金の払戻をうけたものというべきであつて、してみると、控訴人は奥田商店の代表取締役として同商店の業務を執行するにつき違法行為(詐欺)を行つたことになり、而も本件の場合控訴人は取締役としての任務を懈怠したという点においても、或いは又被控訴人に対して加害行為をなしたという点においても、いずれも悪意があつたと認めるのが相当である。なお、たとえ控訴人が、破産宜告後は破産管財人でなければ破産者の財産に属する前記預金の払戻をうけることができないということを知らなかつたとしても、これを知らなかつたことにつき過失があるものというべく、控訴人は右違法行為についての責任を免れることはできないというべきである。

以上の認定によれば、控訴人は、商法第二六六条の三第一項前段および民法第七〇九条のいずれの規定によつても、控訴人の前記行為によつて被控訴人の蒙つた損害を賠償すべき義務があるものというべきところ、成立に争いのない甲第一号証、原審証人渡辺正視の証言によれば、被控訴人が控訴人に対して前記預金の払戻に応じたことにつき破産債権者に対して免責がえられず、破産管財人の再三にわたる請求によつて、昭和三九年七月三一日破産管財人に対し前記奥田商店の別段預金の払戻として金一六六万三二四九円を支払うに至り、結局被控訴人は二重に預金の払戻をすることによつて金一六六万三二四九円の損害を蒙つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。なお成立に争いのない甲第一一、一二号証によれば、前記破産宣告は昭和三八年三月二八日日本経済新聞、同月二九日官報に夫々掲載して公告されたことが認められ、従つて被控訴人の控訴人に対する前記預金の払戻は右公告後になされたことになる。ところで破産法第五六条は善意の弁済者を保護する規定であるが、破産宣告の公告後にあつては、弁済者が善意すなわち破産宣告の事実を知らなかつたことについて反証をあげることを要し、右反証をあげたときにのみその弁済をもつて破産債権者に対抗することができるところ(同法第五八条)、弁済者がこの反証をあげることは必ずしも容易ではないから、弁済者が右対抗力を主張することなく本来の権利者である破産管財人に対し重ねて弁済をしたときはその弁済が有効になり、さきに破産者に対してなした弁済は無効となるものと解するのが相当であつて、被控訴人が管財人に対して弁済をしたことにより蒙つた損害を目して、控訴人のなした前記行為と相当因果関係を欠くというのは当らないというべきである。

三、そこで控訴人の過失相殺の抗弁について判断する。

原審および当審における証人渡辺正視、原審証人井上忠吾の各証言によれば、昭和三八年三月一〇日頃控訴人から前記預金払戻の請求をうけた被控訴銀行の担当係員である渡辺正視および井上忠吾は、さきに奥田商店が倒産したことを聞知していたので、控訴人に対してその後の状況をききただしたところによると、同商店の倒産原因は営業上の蹉跌ではなく手形を詐取されたことによるものであつて、著しい債務超過の状況にあるものではなく、後援者の協力によつて再建が可能であるし、又前記印鑑は真実紛失したもので決して債権者に持ち去られたようなことはないというのであり、一方前同支店内部の調査によつても、奥田商店は繊維業界の名門であり、有力な後援者があつて再建が可能であると考えられたし、前記両名は同商店の破産というが如きことは全然念頭になかつたので、本店管理部の責任者とも協議した上、同年四月二日に至つて控訴人に対し、前記払戻に応じたことが認められ、右認定に反する原審および当審における控訴本人の供述部分は措信できず、他にこの認定を覆すに足りる資料はない。右認定事実からすると、被控訴人は控訴人の前記預金払戻請求に応ずるについては相当慎重な態度で臨んだのであるが、当時奥田商店の破産に気がつかなかつたのは専ら加害者である控訴人自身の前記の如き言動によるものと認められるのであつて、このような場合に被害者である被控訴人に過失ありとして過失相殺を肯定するのは相当でない。よつて控訴人の右抗弁は理由がない。

四、以上により被控訴人が控訴人に対して金一六六万三二四九円およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三九年八月三〇日以降支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当というべく、これを全部認容して仮執行の宣言を付した原判決は相当といわなければならない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 小野沢龍雄 斎藤次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例